以下に紹介する資料は、1967年3月13日に発表された、「善隣学生会館襲撃事件についての声明」です。この日本共産党の行為を批判している声明には、学者、演劇人や宗教家などさまざまな分野の著名人が署名しています。この声明が発表された2日後の15日には、赤旗紙に反論の記事が掲載されました。両者を合わせて読むと、当時の雰囲気を少し感じることができるかもしれません。
2000年8月30日 猛獣文士

文化界35氏の声明


 去る二月二十八日の夜、東京都文京区の善隣学生会館の一階に事務所を置く日中友好協会の職員が同会館学生寮の壁新聞を破り、これに抗議した中国人学生のひとりを殴打するという事件が発生しました。これがきっかけとなって、同夜おそく、日本共産党・日本民主青年同盟の自動車を先頭に七十名ばかりがおしかけて暴行をはたらき、さらに三月一日夜、数百名が会館を包囲しました。二日には早朝から午後四時にかけて日本共産党中央幹部の指揮のもとに、数百名が会館を包囲し、鉄カブトとこん棒で武装した一隊がなだれこんで、これを阻止しようとした中国人学生と日本人や華僑のひとびとに襲いかかり、重傷者七名を含む多数の負傷者を出すという不祥事件にまで発展しました。

 財団法人善隣学生会館は、日中文化の交流を図るため、在日中国人学生に諸般の便宜を供与し、日中親善の増進に寄与することを目的とする施設であります。このような会館においてこのような暴行事件を起こしたことは、正常な日中友好を阻害するだけでなく、国際感覚を欠いた所業で、心ある日本人であれば、イデオロギーのいかんを問わず、だれでも、その非常識に驚き、憤激せざるをえないでしょう。

 しかも、日中友好、日中親善を口にしている団体と政党のひとびとによって、計画的とも疑わせる暴行がなされたのであります。さらにこれらのひとびとが、軍国主義時代に使われた中国人べっ視の侮辱的な言葉を吐くばかりか、何らの自衛手段をもたない素手の相手に、武装して集団襲撃をかけたことは、どのような理屈をつけようとも、ひとを納得させることはできますまい。暴力をもって相手を圧倒することは、日本人のあいだにおいても厳に戒めなければならないことです。

 相手は合法的に日本に在住する中国人の子弟である学生であります。安んじて学業に励むことができるように、あらゆる力を尽くしてこそ、日中友好の実をあげることができるはずでありましょう

 私たちは、このような日本人の品格を傷つける事件を日本と日本人自身の問題として重大視し、こんどの襲撃事件が多くの日本国民の日中友好への願望をふみにじるものであることをはなはだ遺憾とするものです。わたくしたちは、ここに広く、良識ある方々に訴え、世論がこれを裁くことを願望します。

1967年3月13日

安藤更正(早大教授)、一円一億(関西学院大教授)、伊藤武雄(中国研究所長)、井上清(京都大教授)、岩田直二(関西芸術座代表)、内田吐夢(映画監督)、大河内隆弘(宗教家)、大谷瑩潤(宗教家)、加藤土師萌(陶芸家・人間国宝)、金子二郎(大阪外大学長)、北川桃雄(美術評論家)、木村伊兵衛(写真家)、坂本徳松(愛知大教授)、白石凡(評論家)、杉村春子(俳優)、杉村勇造(考古学者)、杉本健吉(画家)、千田是也(俳優)、滝沢修(俳優)、拓殖秀臣(法政大教授)、武田泰淳(作家)、塚本善隆(京都国立博物館長)、中川一政(画家)、中島健蔵(評論家)、西川景文(宗教家)、花柳徳兵衛(日本舞踊家)、東山栄子(俳優)、船山信一(立命館大教授)、豊道春海(書道家・芸術院会員)、増田渉(大阪市立大教授)、松岡洋子(評論家)、水上勉(作家)、向井潤吉(画家)、依田義賢(脚本作家)、蝋山芳郎(評論家)

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