[金融市場]

(1)金融市場の混乱の背景−植田和男氏 (6/14) **

 欧州の財政問題を受けた市場の混乱が、日本の景気にもリスク要因になっている。混乱の背景は何か。

 日本を始め、先進国の景気は予想以上によい回復をしてきた。金融危機以降の思い切った政策措置と好調な新興国経済に引っ張られた結果だ。しかし、内外で景気の下方リスクが高まっている。

 下方リスクの高まっている理由は、財政赤字の拡大や政策金利の大幅な低下により、何かあったときに当局が政策を発動する余地が極端に小さくなっていることである。この点が心理面の不安定要因としてあげられる。ギリシャと同じように財政悪化の国が多くあることに、人々が気づき始めている。

 新興国の景気は好調で、先進国の景気が自律的な回復軌道に乗る可能性もある。とはいえ、当局による下支えが出にくいという不安心理の広まりは、ネガティブな要因だ。先進国経済が腰折れする可能性はかなり高くなった。最近の株式市場の混乱は、それを織り込んでいる結果だろう。

 不安心理が広がると、デフレも解消しにくい。日本は、デフレが悪化する状況ではないが、すぐにデフレが解消するシナリオも描きにくい。気になるのは、欧米の物価上昇率が1%を割り込んできたことだ。

 政策当局は、政策が手詰まりになっている印象を与えないことだ。日本の金融政策でも、できることはまだある。たとえば、時間軸効果(物価上昇など一定の条件を満たすまで利上げはないという印象を広め、長めの金利を低位安定化させる効果)の強化だ。インフレ目標的な性格を強める案が考えられる。

 長期国債の購入を増やすのも、選択肢の一つだ。今は、長期的な資金供給を円滑にする手段という位置づけで買っているが、金利への影響も意識した形でもっと積極的に買っていく手もあろう。また、政府側が効果の大きいよい財政支出をすることを条件に、日銀が国債を買うといった協力関係の構築もあり得る。

 国債買い増しが財政規律の緩みを印象付けて、かえって長期金利が上がる危険性には注意が必要だが。

 日銀の成長基盤の強化に向けた新貸出制度は、財政政策に近い領域に踏み込むもので、中央銀行としては異例だ。小額では効果が薄いので、資金供給量を拡大する量的緩和の枠内で手掛け、デフレ解消を目指すなどの方向もあろう。成長するためには、規制緩和を通じた生産性の向上など、供給側の対応も重要であり、菅新政権には努力を期待したい。


[EU経済]

(1)欧州、財政再建へ年金削減(6/16)

 財政再建を迫られている欧州各国が、相次ぎ年金改革に乗り出している。フランス政府は、支給開始年齢の引き上げを柱とした抜本改革案を16日に提示する。過剰債務に悩むギリシャやスペインも、改革を検討中だ。ただ、年金制度は国民の生活に直結するだけに反対も根強く、政権の力量が問われることになる。

 フランスの民間企業と自営業者の年金支給開始年齢は60歳と、他の欧州諸国に比べ早い。今回の案では、62〜63歳まで引き上げる方針だ。欧州諸国の多くは引き上げを実施しており、手厚い年金制度を誇っていたフランスも他国並みとなる。このほか、高額所得者については、掛け金を割り増しする制度の導入を検討する。改革の目玉は、さまざまな優遇措置がある公的部門の年金だ。たとえば、警察など肉体的負荷の大きい職種では最短で42.5歳で年金をもらえるケースもある。こうした特権は不平等との声が高まっており、政府は支給年齢を民間並みに引き上げることを検討する。フランスの年金の赤字幅は10年は320億ユーロに達っする見込みだ。

 金融市場で信用不安にさらされる南欧諸国も財政赤字の削減が急務だ。EUから財政再建を求められているギリシャは、5月に年金改革案を閣議決定した。60歳だった女性の年金支給開始年齢を男性と同じ65歳まで引き上げるほか、特別給付金の減額などを盛り込んだ。スペインでは、開始年齢の65歳から67歳への引き上げや、低所得者以外の支給額の据え置きなどを検討している。

 EUの財政算出基盤では年金赤字も算入するため、年金改革はEUが求める財政目標達成の有効な手段だ。比較的財政が安定しているドイツでも、メルケル政権は医療保険や年金制度改革の検討を進めている。

 財政再建に積極的な保守党が政権を獲得した英国では、給付額削減など改革案が浮上する可能性がある。

 ギリシャや、スペイン、ポルトガル、フランスでは、改革に反対する大規模なストが起きた。調整に手間取れば、政権の痛手となり改革が滞り、財政健全化が遅れる可能性がある。


[中国経済]

(1)安い労働力に限界も(6/18) **

 中国で、賃上げを求める労働争議が収まらない。安価な労働力が無尽蔵にあると信じられてきた中国であるが、急速に進む少子高齢化で、労働力不足の時代は着実に忍び寄っており、中長期的に賃上げの流れは止まりそうにない。

 今後は、外資企業が、安い労働力を期待通りに手に入れるのは難しそうだ。中国政府は、11年から始まる次の5カ年計画に、賃金を2倍にする目標を盛り込む方針だ。賃上げを政策的に後押しする姿勢を鮮明にしているからだ。

 外資に低コストの労働力を供給し、安価な製品を作って輸出する。1978年に改革開放路線に踏み出して以来、発展の要となってきたのは、安い賃金でも働く出稼ぎ労働者が、農村部から沿海部に絶え間なく流れてくることだった。だが、その前提が崩れ始めた。

 原因のひとつは、急速な少子高齢化の進展にある。80年に本格導入した一人っ子政策の影響で、総人口に占める0〜14歳の割合は、82年の33.6%から09年には18.5%まで低下した。働き手の予備軍である子供の数が、減少の一途をたどっているわけだ。15〜64歳の労働力人口は、年800万人のペースで増えている。しかし、早ければ13年には減少に転じる。そうなると、労働需給が逼迫し、賃上げの動きに一段と弾みがつく。今起きている労働争議は、労働力人口が減る時代を先取りした動きといえる。

 労働力人口の減少は、10年からの10年間の成長率を平均2.4%押し下げるとの試算もある。成長の減速を防ぐには、稼いだカネを企業から家計に流し、個人消費を成長のエンジンに育てていくしかない。政府の賃金倍増の方針は、労働者の不満を抑えると同時に、個人消費を喚起する狙いがある。


[FTA]

(1)FTA(自由貿易協定)、アジアの陣(6/13) ***

 2国間でのモノやサービスの垣根をなくすのが、自由貿易協定(FTA)だ。行き詰まり気味の世界貿易機関(WTO)の交渉など多国間の枠組みに代わり、自由化手法の主役となってきた。その主戦場は、中国やインドなど世界経済の主役となってきたアジアだ。日本も立ち遅れは許されない。

 今年1月1日、自動車や家電など国内メーカーが熱い視線を送る2つのFTAが動き出した。いずれもASEANがらみだ。一つはASEANがインドとの間で結んだFTA,もう一つはASEAN主要6カ国でのほぼすべての品目での関税撤廃だ。メーカーが情報収集に躍起となるのは当然だ。アジア域内でのFTAは、それぞれの事業戦略と直結する。日本企業がここ数年、世界で工場の改廃に取り組んだ背景にも、景気低迷に迷うリストラだけでなく、FTAに連動した配置見直しという側面がある。

 世界では、猛烈な勢いでFTAが増えている。日本貿易振興(ジェトロ)によると、1月1日時点での発行件数は180あり、うち114は2000年以降の締結で、3分の1の63は05年以降の締結だ。利害対立が目立つWTOでは、貿易自由化が進まなくなった。関税撤廃や投資促進といった議論は、貿易を盛んにしたい国を選んで直接交渉すればよいーという姿勢に各国は傾いている。

 ある国と国がFTAを締結すると、すかさず後追いする第三国が出てくるのも急増の背景にある。先進各国が殺到しているのがアジアだ。人口増を背景に、内需拡大が見込める市場だけに、陣取り合戦が活発だ。欧州連合は、ASEANとの交渉がミャンマーの人権問題で進まないとみるや、2国間交渉を積極化する方針に転換し、シンガポールやマレーシアに触手を伸ばす。

 こうした経済効果を織り込み、地域統合をさらに進めようという機運も高まっている。特に、アジアで活発で、APECの経済統合を進めるアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想はその一つだ。また、シンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイは、多国間FTAとして「環太平洋戦略的パートナーシップ(TPP)」を形成した。これに、米国や豪州などが新たに参加し、拡大の検討を始めている。

(2)FTA発行の効果は?(6/13) ***

 05年4月に発効したメキシコとのFTAでは、発効後日本からの乗用車の輸出が大きく伸びた。景気の影響による増減はあるが、FTAは国内メーカーにとり市場の拡大の契機となりうる。

 ジェトロによると、日本が結んだ11件のFTAについて、輸出全体に占める割合を発効前年と09年で比べると、ASEANが9.6%から10.8%に上昇したのをはじめ、9件で比率が高まった。2国間では3.5から3.8%になったタイなどが目立つ。

 国内総生産(GDP)の押し上げも期待できる。ASEANとのFTAで、日本に生じる効果は0.3%だ。経済産業省は、APECの参加国間で関税が撤廃された場合、GDPが1%増えると試算する。中小製造業に限ると0.5%分のGDP押し上げ効果が出ると見ており、貿易自由化は拡大するアジアの需要を取り込む好機とする。

 一方で見逃せないのは、日本が加わっていないFTAが増えると、FTAを結んだ国同士の貿易が活発になり無関税の商品が行き来するようになると、日本からの輸出が減り、日本のGDPを下押しするという点だ。

 日本がFTAを結んだ国・地域との貿易量は、全貿易のうちの16%だ。米中やEUなど取引の多い国との交渉は進んでいない。貿易自由化の余地がまだまだあることを示すが、乗り遅れたままでは成長の好機も遠ざかる。


[環境問題]

(1)APECエネルギー相宣言案、排出ゼロ発電国別目標(6/19)

 福井市で始まったアジア太平洋経済協力会議(APEC)エネルギー担当相会合が19日夕にまとめる閣僚宣言案の内容がわかった。温暖化ガスを排出しない「ゼロエミッション電源」について各国が数値目標などの導入計画を策定する。新規の原子力発電所の建設促進や省エネ家電の規格統一に取り組むことでも合意する。世界的に温暖化ガス削減に取り組む機運が強まる中、APECとしても具体的な削減姿勢を打ち出す。

 APECエネルギー相会合は、19日夕に閣僚宣言に当たる「福井宣言」をまとめて閉幕する。

 入手した宣言案によると、エネルギー安全保障、省エネルギー、ゼロエミッション電源の各分野について、具体的な域内協力の方向性を盛り込む。

 同案では、ゼロエミッション電源の開発が、CO2の排出削減やエネルギー供給の多様化を進める上で不可欠との認識を共有し、CO2削減の共同研究を進め、新規の原発建設の促進につなげると指摘した。再生可能エネルギーの導入コスト削減に向けた技術協力や省エネ技術を基にインフラ整備をする「低炭素モデル都市」事業の推進も盛り込んだ。

 日本は、18日に閣議決定したエネルギー基本計画で、30年までにゼロエミッションの電源の比率を現在の34%から約70%に引き上げる目標を掲げ、少なくとも14基以上の原発を新増設する方針だ。

 エネルギー安全保障では、石油供給の重要性に言及し、有事の際の情報共有や備蓄の強化などで協力し、域内全体で石油供給が途絶えるリスクを抑える。天然ガスについては、今後の利用可能性について共同調査を実施する。

 省エネでは、EVやエネルギー効率が高い機器を使って建てたビルの普及を促進することを盛り込む。