[市場制度]

(1)壁を崩した市場の力(10/5) ***

 60年代には、東側の社会主義経済と西側の市場経済は歩み寄り、一つになるという両体制収斂論も語られた。ノーベル賞のティンバーゲンが代表格だ。西で公的部門が拡大し計画化が進む一方、東で市場の活用や分権化が進むという読み筋だった。しかし、ノーベル賞学者は間違えた。否、48年前の壁の構築(61年8月)が、すでに東の「白旗」だった。医者や技術者らがどんどん西に逃げ、体制崩壊の危機にさらされた東が窮余の一策で壁を築いたのだった。

 戦後、米英仏占領地区だった西ベルリンは、社会主義の東独(ソ連占領地区)の中に浮かぶ西側の孤島だった。壁ができるまでに、東独から260万人が西独に出たが、大半が西ベルリン経由だった。東独の言う「反ファシズムの防御壁」の実態は、自国民を閉じ込めるおりだった。計画経済が市場経済と隣り合い、人やものが行き交うと、官製商品は自由企業の生産物に歯が立たず、人材は流出する。そのために、壁は不可欠で壁が崩れると体制も崩れる。

 生産手段が公有の社会主義の下で、企業家の居場所がない。ケインズのいう不確実な未来に挑む「アニマル・スピリッツ」を発揮する企業家、シュンペーターが新機軸の担い手とした企業家がいない経済で、画期的な商品やサービスやビジネスモデルの誕生は望むべくもない。そして、企業家を育てるのが、自由競争市場だ。パソコン、携帯、ゲーム機、宅配便を官僚機構が生み出すとは思えない。

 もっとも、社会主義という批判勢力の退場は、市場経済にも副作用をもたらした。この20年、市場への過信が市場の暴走を許し、金融危機を招いたと見る人は多い。G20での金融規制の強化の検討をはじめ、市場の規律を締めなおそうとする動きが世界的に起きている。日本も例外ではない。

 しかし、鳩山新政権の市場と相対する姿勢には少々危うさがある。首相自身が市場に否定的な「市場原理主義」という言葉を再三口にし、亀井郵政・金融担当相の借金返済猶予案は、市場経済の土俵を踏み外している。

 代わる体制がない以上、市場経済の欠陥をあげつらうだけでなく、利点を生かす道を 探るべきだろう。

 (この記事は、2009年10月5日付け『日本経済新聞』の核心欄における、同紙コラムニスト土谷英夫氏のコラム「壁を崩した市場の力」を要約したものです。このコラムは、同紙における経済記事とは性質を異にする、経済体制や経済政策論における個人的な主張である点に留意する必要があります)


[欧州連合]

(1)EU新条約、発効に前進(10/4) ***

 欧州連合(EU)の新基本条約「リスボン条約」が、アイルランドの国民投票で批准され、EUは来年から新体制に移行する見通しだ。議長国スウェーデンは、10月に開く首脳会議で初代のEU大統領などの主要人事を調整する考えだ。

 条約発効には、原則として加盟27カ国すべての批准が必要だ。未批准はポーランドとチェコである。EUのバローゾ委員長は、「できるだけ早く批准してほしい」と訴えた。リスボン条約をめぐるチェコの憲法判断は、約3週間後に出る見込みだ。これを受け、29,30日のEU首脳会議でEU大統領などの人事を協議する方針だ。

 今後の焦点は、EU新体制の目玉となる大統領や外相級ポスト(外交・安全保障上級代表)の人選だ。EUは、経済分野に比べ外交・政治分野の統合が遅れており、大統領の創設でさらに踏み込んだ統合を目指す。

 大統領と外相級ポストの人選は、EU各国首脳による話し合いで決まる。欧州委員を含め、首脳会議でEUの新たな指導体制を固める。

 現行のニース条約は、27カ国を超える加盟国の規定がないが、リスボン条約の発効で再び加盟国を拡大できるようになる。アイスランドやクロアチアが、11年にも新規加盟する可能性があるほか、トルコやバルカン諸国との加盟交渉にも弾みがつく。一方、市民軽視との批判を踏まえ、欧州議会の権限拡大盛り込んだ。市民が選挙で選んだ議員が、ほとんどの法案や予算、人事の決定手続きなどに関与できるようになる。100万人の欧州市民の署名があれば、執行機関である欧州委員会にEU法令の策定を求められる規定もつくった。

(2)欧州中央銀行総裁、「出口戦略」時期を模索(10/9) **

 欧州中央銀行(ECB)は、理事会でユーロ圏16カ国に適用する政策金利を年1.0%で据え置くことを決めた。トリシェ総裁は、金融市場は緩やかに正常化へ向かっていると指摘した。その上で、域内各国に財政健全化に取り組むように促した。金融政策では,危機対策で打ち出した異例の措置をどう縮小するか、具体策が今後の焦点となる。

 09年4〜6月期にドイツやフランスで経済がプラス成長に転じたことなどを受け、トリシェ総裁は「安定化に向けたサインがある」と繰り返した。輸出が景気回復を支え、予想より雇用は悪化しないだろうとの分析も示した。市場関係者は、ECBがいつ出口戦略に踏み切るかに関心が高まっている。しかし、総裁は、「経済の不確実性がなお高い」という懸念が残ることから、慎重に実施時期を見極めると見られる。

 物価安定が最優先とするECBは、将来のインフレをもたらしかねない財政赤字への懸念を強めている。金融政策はすぐに引き締めに転じることができるが、財政再建には増税や歳出カットが必要で各国内での調整に時間がかかるためだ。総裁は、景気回復が確実になったらできるだけ早く財政を健全化するべきだと強調した。