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2005年度対策 経済史・経済事情 要約編

  当欄は、本ホームページで10回にわたり連載された「2005年度対策 経済史・経済事情」の要約編です。当欄を読み、連載の概略をつかんで頂ければ幸いです。   

[日本経済事情]

T 日本経済の動向

 要約:バブル崩壊による景気後退は、93年10月に谷となり、以降緩やかな回復となった。円高により景気は懸念されたが、消費税引き上げ前の駆け込み需要により、96年度は90年代最も高い成長率となった。その後、駆け込み需要の反動減、アジアの通貨危機、そして、金融危機などにより、98年度は、戦後2回目のマイナス成長となった。このため、切れ目のない財政金融政策がとられ、99年1月に景気は谷となり、2000年まで緩やかな景気拡大が続いた。しかし、2000年後半からの世界経済の減速により、2001年度は景気が低迷し、戦後3回目のマイナス成長となった。その後、2002年1月を底に景気拡大となったが、デフレ経済が景気を抑制したものとなっていた。しかし、2003年末ごろから、個人消費が前年度比でプラスの伸びとなり、設備投資も前年比で高い伸びが続き、2003年第4四半期から04年第1四半期は、6〜7%の力強い成長となった。

U 我が国の国際収支

 要約:経常収支黒字は、円高や内需拡大により、80年代後半は減少したが、91年度以降黒字は拡大した。そのため、円高となり、94〜96年度は経常収支黒字が縮小し、97〜98年度は、円安により黒字は拡大した。そして、99年以降は、円高により黒字は減少した。

 2002〜2003年には、円安や世界景気の拡大等により、経常収支黒字は増加し、特に、2003年は過去最大の黒字となった。

 資本収支は、恒常的に赤字であり、2002年には、経常収支黒字の増加により、赤字は大幅に増加した。しかし、2003年には、海外からの株式投資が急増し、資本収支は34年ぶりに黒字となった。

V 我が国の直接投資

 要約:我が国の対外直接投資は、85年以降の円高で急増したが、89年をピークに減少に転じた。これは、バブル崩壊による親会社の業績不振が主な要因であった。

 93年以降は、アジア向けを中心に増加傾向にあり、99年度は89年度に次ぐ高水準であった。2000年度は、その反動減で減少し、2001年度は景気後退もあり大幅減となった。しかし、2002年度は、増加に転じた。

 対内直接投資は、金融・保険業などで外資系企業による日本企業の大型買収が続き、98〜2000年度まで大幅に増加した。

W 金融市場

 要約:91年以降は、一貫して金融緩和局面であった。99年2月以降と2001年4月以降の2回にわたり、無担保コールレート(翌日物)がゼロ水準に引下げられ、さらに潤沢な資金供給が行われている。

 2001年度に、大手銀行の不良債権は5割近く増加し、2005年3月末までに不良債権比率を半減するという政府の目標に沿って、大手各行は不良債権処理を行っている。今回の景気回復により、2004年3月期の不良債権残高は大きく減少し、大手銀行の連結決算も大きく好転した。

X 雇用情勢

 要約:2002年からの回復局面では、企業のリストラが峠を越え、2003年始めから完全失業率は低下傾向にある。一方、長期失業者は、完全失業者の3分の1を占め、高水準である。

 賃金は、2003年になっても上昇しておらず、パートタイム労働者比率の上昇も、全体の賃金を抑制している。


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[世界経済事情]

T 世界経済の動向

 要約:2000年末から、アメリカ経済は減速し、2001年にはアメリカを初め主要国の多くが景気後退となった。2001年9月の同時多発テロにより、世界同時不況のリスクが高まった。しかし、2002年には、様々な要因により、世界経済は回復した。2004年も、世界経済は着実に回復しているが、原油高や金利上昇が先行きの懸念要因である。

U アメリカ経済

 要約:1991年4月からのアメリカの景気拡大は、約10年にわたり戦後最長の景気拡大であった。近年は、高成長が続き、2000年も高い成長であった。しかし、2000年後半から景気は減速し、2001年3月から景気後退となった。世界経済に占める比率の高いアメリカの後退は、世界経済に大きな影響を及ぼしたのであった。

 しかし、2002年からは、アメリカの景気は回復基調となり、イラク情勢による緊迫化もあったが、2003年後半は力強い回復となっており、2003年は3.0%の堅調な成長であった。

V 欧州連合(EU)経済

 要約:EU経済は、93年にマイナス成長であったが、その後順調に回復し、1999年に通貨統合も行われ、2000年まで拡大基調にあった。しかし、2001年は、世界的景気後退の中で成長が減速し、久しぶりの低成長となり、2002〜2003年もユーロ高などにより景気は減速した。低下傾向にあった高水準の失業率も、2001年から昇傾向にある。

W 東アジア経済

 要約:97年のアジア通貨危機により、東アジア諸国は、大きく成長が低下し、国際的評価が下落した。しかし、財政政策や為替レートの下落により、ほとんどの東アジア諸国は99年に景気回復を果たした。2000年には、さらに景気拡大となったが、2001年のアメリカ景気の後退により、成長は減速し、マイナス成長となる国もあった。

 しかし、アメリカの景気回復により、東アジア経済は、2002〜2003年に は景気拡大に転じた。

W 中国の社会主義市場経済

 中・東欧諸国の改革が、政治改革から始まり急進的な改革が行われたのに対し、中国は、改革が経済改革から始まり、漸進的に行われてきた。93年3月の全国人民代表大会で、「社会主義市場経済」が憲法に盛り込まれ、「改革・開放路線」が強化された。

 低賃金やWTO加盟などにより、2002年に世界一位の受入国となった直接投資の増加や、日米に取り第一位の輸入相手国となった輸出の増加などにより、毎年高成長を達成しており、2003年も9.1%の成長であった。


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