インフォーメーション・サービ159:
原山広之先生 駿河台大学経済学部講師(2004〜2006年)


「金 融 論」

1 貨幣の機能と範囲

貨幣は、物々交換の不便さを克服するために生み出されたものといえる。物々交換では、交換する両者の提供する財が、お互いの欲求に合致するものでなければならない。つまり、自分の提供する財が相手の欲求を満たし、相手の提供する財が自分の欲求を満たさなければならない。このような組み合わせを見つけるには、両者とも相当な時間を要し、場合によっては見つからないかもしれない。ところが、貨幣が使われるようになると、自分の提供する財を貨幣と交換し、自分の欲する財を貨幣で購入する。提供する財への欲求が、相互に合致する相手を探す時間を省くことができるのである。

このように効率的な役割を果たす貨幣にはどのような機能があるのだろうか。 第一に、上記の一般的交換手段としての機能がある。貨幣は、どのような財とも交換可能である。第二に、価値尺度しての機能がある。貨幣は、財の価値をはかる尺度である。例えば、一万円の財は、五千円の財に比べれば2倍の価値がある。 第三に、価値貯蔵手段としての機能がある。インフレーションの場合を除くと、貨幣は株式、債券、土地などの資産のように、その価値を変えない。一万円は、いつまでも一万円である。

今日の貨幣制度の下で、貨幣の範囲に含まれるものをみてみよう。

下の表にあるように、最も狭く定義される貨幣の範囲は、現金通貨と要求払い預金であるM1である。

M1に準通貨(主に、定期預金)、CD(譲渡性預金)を加えたものが、M3である。定期預金は解約すれば、現金通貨や要求払い預金になるため、準通貨と呼ばれている。

M2は、範囲はM3と同様であるが、預金の預け先がM3より限定されている(信用組合、労働金庫、農業協同組合、漁業協同組合、ゆうちょ銀行などを含まない)。これは、マネーストック(貨幣供給量)の従来の代表的指標であったM2+CDに相当する指標である。

広義流動性は、M3に解約可能な金融商品を加えた指標である。

日本銀行は、マネーストックの分析においては、これまでと同様に、M1、M2、M3、広義流動性の各指標を点検していく方針である。

       [貨幣の範囲]
M1・・・・・・現金通貨、要求払い預金(普通預金、当座預金など)
M2・・・・・・M1、準通貨(主に、定期預金)、CD(譲渡性預金)
M3・・・・・・M1、準通貨(主に、定期預金)、CD
広義流動性・・M3、国債、銀行発行普通社債、投資信託、外債など
M1とM3の対象金融機関:日本銀行、国内銀行、外国銀行在日支店、信用金庫、農林中央金庫、商工組合中央金庫、信用組合、労働金庫、農業協同組合、漁業協同組合、ゆうちょ銀行など

2 貨幣の供給

利子率は、貨幣の需要と供給により決定される。それでは、貨幣の供給はどのように行われるのだろうか。

貨幣の供給は、それぞれの国の中央銀行によって行われる。そして、中央銀行は多様な手段の操作を通じて貨幣供給を行う。

第一に、公開市場操作がある。その一つとして、国債などの担保を取った上での市中銀行への貸し付けである。これが増加すると、市中銀行は、通常、企業への貸し付けを増やし、貨幣供給量が増加する。逆に、市中銀行への貸し付けが減少すると、市中銀行は企業への貸し付けを減らすので、貨幣供給量が減少する。もう一つのものとして、中央銀行が債券(主に、国債)の売買により行う貨幣供給量の操作である。中央銀行が、債券市場で債券を購入すると、この購入代金は、市中に新たに供給される貨幣となる。つまり、債券を購入すると、貨幣供給量は増加する。これを、買いオペレーションという。逆に、中央銀行が債券市場で債券を売却すると、売却代金が市中より中央銀行に吸収される。したがって、貨幣供給量は減少する。これを、売りオペレーションという。

第二に、預金準備率操作がある。市中銀行は、引出しに備えて預金の一部を保有しておかなければならない。これを預金準備という。そして、預金に対する預金準備の比率を預金準備率という。この預金準備率は、法律により定められているので法定準備率という。市中銀行は、法定準備率に相当する預金準備を中央銀行に預け入れしなければならない。このような制度を、準備預金制度という。

預金準備率の操作により、貨幣供給量が操作されることは信用創造に関連する。預金準備率が引き上げられると、預金準備が増え、銀行の貸出可能額が減少し貨幣供給が少なくなることが分かる。逆に、預金準備率が引き下げられると、銀行の貸出可能額が増加し貨幣供給が増えることが分かる。

これをもっと詳細に調べてみよう。たとえば、A銀行に100万円の預金がなされたとしよう。これを本源的預金という。預金準備率を0.1とすると、表1のように、A銀行は10万円の預金準備を中央銀行に預け、残りの90万円を企業に貸し出すとする。この企業は、この90万円を支払いに充てるとすると、支払いを受けた企業は90万円をB銀行に預金するとする。B銀行は、1割の9万円を預金準備とし、残りの81万円を企業に貸し出すとする。この企業は81万円を支払いに充てるとすると、支払いを受けた企業は81万円をC銀行に預金する。以下、同様の過程が、表1のように繰り返されていく。

 表 1
預金 貸出 預金準備
A銀行 100万円 90万円 10万円
B銀行 90万円 81万円 9万円
C銀行 81万円 72.9万円 8.1万円
D銀行 72.9万円

 その結果、最初の本源的預金がどれだけの預金総額をもたらすかは、次式で示される。

預金総額=100万円+90万円+81万円+・・・・・・・・・

=100万/(1−0.9)=1000万円

貸出総額=90万円+81万円+72.9万円+・・・・・・・・

=90万円/(1−0.9)=900万円

預金準備総額=10万円+9万円+8.1万円+・・・・・・・・・

=10万円/(1−0.9)=100万円

ただし、以上の計算においては、次のような仮定がおかれていることに注意しなければならない。

第一に、準備預金以外の銀行の預金はすべて貸付けられる。

第二に、貸し付けられた貨幣は、すべて銀行へ還流し、預金される。この二つの仮定が満たされていない場合には、上記の三つの総額は、公式で示されている値以下になることに注意しなければならない。

以上のことをまとめると、貨幣供給量増加となるのは、中央銀行の市中銀行への貸し付けの増加、買いオペレーション、預金準備率引き下げである。そして、貨幣供給量減少となるのは、中央銀行の市中銀行への貸し付けの減少、売りオペレーション、預金準備率引き上げである。

3 利子率と貨幣の供給

利子率が上昇するほど、次のことがいえる。

(1) 準備預金以外の預金は、市中銀行により企業などへ貸し付けられる可能性が大きくなる。なぜなら、利子率が高いほど、銀行の貸し付けによる利潤が増加するからである(利子は、通常の企業の売り上げに当たる)。

(2)貸し付けられた貨幣は、銀行へ還流する可能性が高くなる。なぜなら、利子率が高いほど、連動して預金利子率も高くなるため、預金が増えるためである。

このため、利子率が高いほど、上記の信用創造の2つの仮定に近い状況となる。つまり、信用創造の漏れが少なくなり、利子率が高いほど、信用創造がよく働くということである。つまり、貨幣供給量が多くなるということである。そのため、貨幣供給量Mの曲線は、図1のとおりやや右上がりとなる。

図1

そして、中央銀行が、市中銀行への貸付の増加、買いオペレーション、預金準備率の引き下げを行うと、貨幣供給量は増加し、当初のM線は、図2の通りM’線へと右方へ移動する。逆に、中央銀行が、市中銀行への貸付の減少、売りオペレーション、預金準備率の引き上げを行うと、貨幣供給量は減少し、M線はM”線へと左方へ移動する。

図2

4 貨幣供給再論

貨幣供給量は、日本銀行(中央銀行)の公開市場操作や預金準備率操作により、主に決定される。日銀が市中銀行への貸付や買いオペレーションなどにより供給する貨幣であるハイパワード・マネー(または、マネタリー・ベース)は、日銀内に開設されている各市中銀行の当座預金に、当初振り込まれる。このハイパワ−ド・マネ−が、市中銀行により企業や個人に貸し付けられて貨幣となり、貨幣供給の一部となる。この貸し付けられた貨幣が預金されれば、本源的預金となり、信用創造により経済全体の貨幣供給量となる。

貨幣供給量は、もし日銀が市中銀行への貸付の増加、買いオペレーション、預金準備率引き下げを行ったとすると、貨幣供給量は増加する。このとき、M線は右方にシフトする。逆に、日銀が市中銀行への貸付の減少、売りオペレーション、預金準備率引き上げを行ったとすると、貨幣供給量は減少し、M線は左方へとシフトする。

5 貨幣需要

貨幣の需要には、第一に取引貨幣需要がある。これは月々(または、年々)の支出のための貨幣需要である。個人ならば、毎月の飲食費、こづかい、交通費、遊興費、雑費等への支出のための貨幣需要である。企業ならば、原材料、投資、給与等への支出のための貨幣需要である。そして、その大きさは、個人や企業の所得に依存する。例えば、月収20万円の人と月収50万円の人では、当然、後者の方が、取引貨幣需要は多くなるであろう。このことは国内経済全体についても妥当する。GDPが大きければ大きいほど、その国の取引貨幣需要は大きくなる。一方、GDPが小さければ小さいほど、国の取引貨幣需要は小さくなる。つまり、取引貨幣需要は、GDPの増加関数である。

第二に、予備的貨幣需要がある。これは、不慮の事故や災難のための貨幣需要で、まさかのときのために備えるものである。実際に支出を予定していなくても、いざというときの支出に備えるための貨幣需要である。これも、所得が多い個人や企業ほど多くなる貨幣需要である。国内経済全体についても同様のことがいえ、GDPが大きいほど、その国の予備的貨幣需要は大きくなる。

つまり、取引貨幣需要も予備的貨幣需要も、GDPが増加するほど増加するGDPの増加関数であるといえる(この二つの貨幣需要を、通常まとめてL1という)。

第三に、資産貨幣需要がある。これは、貨幣の価値貯蔵機能に由来する。インフレーションの場合を除くと、貨幣はその価値を変えない。ここに、貨幣の資産としての機能がある。一方、債券、土地、株式等の他の資産は、時々刻々とその価値を変えている。もし、これらの他の資産が、今後値下がりが予想されるとしたならば、誰でも価値貯蔵機能を持つ貨幣を他の資産よりも需要するであろう。つまり、資産として、貨幣を選択するのである。これが、資産貨幣需要(または、投機的動機による貨幣需要)である。一方、他の資産が、今後値上がりが予想されるのであるならば、価値を変えない貨幣よりも他の資産を需要するであろう。

これらのことを、もっと詳細に考えてみよう。単純化のため、他の資産を債券のみとする。債券とは、元本が保証され、確定利付きのものである。例えば、満期10年、利子率8%の額面100円の債券とは、どのようなものであろうか。これは、100円×0.08=8円の利子が、今後10年間毎年支給され、10年後の満期になると元本の100円が償還されるのである。ただし、債券市場で売買が常に行われており、時々刻々と債券価格は変化しており、換金が可能である。

さて、仮に、債券価格が、80円に値下がりしたとしよう。この場合に、この時点での利子率は、8円÷80円=0.1となる(債券価格が変化しても、受け取る利子率は不変である)。したがって、利子率は、8%から10%へと上昇したのである。

一方、逆に、債券価格が120円へと値上がりしたとしよう。この場合に、利子率は、8円÷120円=0.067となる。したがって、8%から6.7%へと利子率は下落したのである。

このように、債券価格の下落は、利子率上昇となり、債券価格上昇は、利子率下落となるのである。つまり、債券価格と利子率は、反対の方向に動くのである。

さて、

一方、利子率が高いときには、債券価格は低くなっている。このような場合、今後債券価格は上昇し、利子率は下落する可能性が高い。したがって、人々は、貨幣よりも債券を選択する。つまり、利子率が高ければ高いほど、債券価格上昇の可能性は高く、資産貨幣需要は少なくなる。それゆえ、資産貨幣需要は、利子率が高いほど減少する利子率の減少関数である。

そして、利子率が、経験的にも、非常に低くなっているときには、債券価格も非常に高くなっており、債券価格下落の可能性は極めて高い。このような場合には、資産貨幣需要はきわめて大きくなる。これは、貨幣需要関数のほとんど水平部分である。

このように、貨幣需要は、GDPの増加関数である取引・予備的貨幣需要と、利子率の減少関数である資産貨幣需要の合計である。それは、次式と図3で示される。

L=L1(Y)+L2(i)   L:貨幣需要    Y:GDP

L1:取引・予備的貨幣需要

L2:資産貨幣需要 

図3

6 利子率の決定

図4の右下がりのL曲線は、GDPであるYが与えられ一定であるときの貨幣需要曲線を示している。これは、Yの増加関数であるL1(ここでは、Yは固定されている)と、利子率の減少関数であるL2の和である。一方、MM線は、貨幣供給量を示している。

交点において、貨幣需要量=貨幣供給量となっており、r1が均衡利子率となる。これより利子率が高いと、貨幣供給量>貨幣需要量となり、均衡利子率にいたるまで利子率が低下する。逆に、均衡利子率より利子率が低いと、貨幣需要量>貨幣供給量となり、均衡利子率にいたるまで利子率が上昇する。

このとき、日本銀行の金融緩和政策により、貨幣供給量がM’M’へ増加したとする。この場合、均衡点はシフトし、均衡利子率はr1からr1’へ低下する。つまり、金融緩和政策により、均衡利子率が低下したのである(これは、独立投資支出の増加となる)。

逆に、金融引き締め政策を行うと、MM線は左方へシフトし、利子率は上昇する(これは独立投資の減少となる)。

図4

7 流動性のわなにおける金融政策

経験的にも利子率がかなり低位になっているときは、債券価格の下落の可能性がピークに達し、利子率がわずかに低下するだけで資産貨幣需要L2が急増し、貨幣需要曲線はほとんど水平になる。

この状況の下で、金融緩和政策を行っても、M線のシフトにより利子率はほとんど変化せず、金融政策は無効となる。金融引き締め政策でも同様である。このため、貨幣需要曲線の水平部分を、流動性のわなと呼ぶ。つまり、貨幣の供給量増加が、利子率がほとんど低下することなく、貨幣の需要増により吸収されてしまうのである。