インフォーメーション・サービ145:2009年度版『経済財政白書』の要旨


第1章 急速な景気後退に陥った日本経済−輸出減で危機深く

第1節 急速かつ厳しい景気後退

 今回の景気後退は、2008年9月のいわゆるリーマン・ショックの前後で2つの段階に分けられる。前半は、米国を中心とする金融不安、景気の減速、原油価格の高騰で、日本の景気も緩やかに弱くなっていった。後半は、金融危機へと発展し、世界同時不況と呼ぶべき事態に陥り、日本経済は急速な悪化を示すようになった。GDPや鉱工業生産を見ると、今回の景気後退の速さは過去にないもので、長さも少なくとも過去の平均の16ヶ月は経過した可能性が高い。また、GDPギャップや稼働率を見ると、深い景気後退であるともいえる。

 世界同時不況の影響は、輸出の減少という形で現れたため、企業部門は急速に悪化した。在庫調整(過剰な在庫品の販売)ために急速な減産が必要となり、設備投資の減少テンポが速まった。これは、失業者の増加となり、家計部門の状況も悪化させた。

第2節 大きかった外需(輸出)減少の要因は輸出の品目構成

 リーマン・ショック後の日本のGDPの減少は、主要先進国で最大になった。輸出相手国の内需(国内の個人消費支出、投資支出、政府支出)の落ち込み、輸出に占める比重が高い自動車など輸送機械や、IT製品への影響の集中、円高などが重なったためだ。外需落ち込みの影響で、貿易・サービス収支は赤字となった。

第3節 外需・内需の双発エンジンで回復を

 日本の過去の景気回復パターンは、外需主導だった。景気の谷からは脱しながら、その後の成長は極めて弱いL字型回復といった回復途上での息切れも、外需の腰折れや弱さで生じた。他の先進国の景気回復も、程度の差はあれ外需主導による。新興国(中国、ロシア、インド、ブラジルなど)が世界経済の成長を牽引している現在では、自国の内需が弱い景気回復の初期では、外需主導型の景気回復になるのは当然といえる。

 もちろん、外需とともに個人消費などの内需が成長に寄与する「双発エンジン」での回復が望ましい。個人所得の増加が重要になるが、輸出は雇用者所得を大きく誘発する力がある。輸出を起点に、個人消費に波及する面があることを忘れてはならない。

 現在、景気には持ち直しの動きが見られる。すでに政策効果は、公共投資の増加などで顕在化している。原油価格の下落などによる08年以降の交易条件の改善は、遅れを伴い経済に好影響を与えるだろう。

 景気の下ぶれリスクとしては、米欧の金融危機と実体経済の悪循環が長期化するという懸念が挙げられる。

第2章 金融危機と日本経済−開発投資、継続を

第1節 貸し出し態度の厳格化に注意

今回の金融危機は、日本の金融市場にも大きな影響を及ぼし、株価の下落だけでなく、投資家のリスク許容度が低下し、社債やコマーシャルペーパー(短期債券)による資金調達が困難になった。株価下落や景気悪化は、銀行の自己資本比率(自己資本÷総資産)を低下させ、不良債権(貸したが返済困難な債権)を増加させる。しかし、金融危機後の銀行の貸し出し総量は増加し、直接金融(社債などによる資金調達)の機能不全を貸し出しが補ったといえる。

 日本の家計は、株式などの保有が少ないため、アメリカに比べ金融危機の影響は軽微だった。ただ、日本は高齢者が株式などを多く持ち、この層に株価下落の影響が集中した可能性がある。

第2節 国際的な波及ルートが多面化

今回は、内外の金融資本市場の連動性が高まり、危機の波及ルートが多面的になった。

 日本の株価は、米国からの影響を一方的に受けやすい。最近は不動産投資信託市場が発達したため、それを通じた不動産市場へ影響も目立った。

 新興国も含め、貿易を通じた相互依存関係が深まっていたのが響いた。米欧で大幅に内需が減った上、新興国なども含めた輸入の減少が生じ、これが日本の輸出を減少させた。

第3節 金融セクターへの適切な規制、財政拡大への対応、保護主義の抑止

 過去に金融危機を経験した国々は、対内直接投資や研究開発投資の推進などで、IT関連製品の優位性を高めてきた。一般に、危機後にも生産性を高めるためには、研究開発や人的資本への投資を怠らないことが基本だ。日本は、90年代に不良債権処理を先送りし、追い貸しを通じて成長の芽を摘んできた苦い経験がある。

 危機後の政府の在り方としては、次のことが指摘できる。

@ 重要な金融機関、金融資本市場、金融商品を適切な規制・監督の下に置く。

A 緊急避難的な財政拡大の後始末をどうするか戦略が必要である。

B 各国政府による様々な産業支援策が隠れた保護主義にならないよう相互に注意し ていく必要がある。

第3章 雇用・社会保障と家計行動−景気回復こそ格差対策

第1節 所得リスクが高い非正規雇用者

 近年の労働市場は、非正規雇用(派遣社員、契約社員、パート、アルバイトなどの雇用)の増加が特徴だ。非正規雇用は女性や高齢者の引き受け先になったが、正規雇用者に比べ賃金が安く、失業に陥りやすいなど大きな所得変動リスクを抱えている。

 非正規雇用が増加した結果、経済にショックが生じたときの雇用調整が速まっている。ただ、正規雇用の長期雇用慣行が根強く残る日本は、調整速度は低いグループに属する。今回は、ドイツに比べると速いが米国よりは遅いようだ。

第2節 景気回復が最大の格差対策

賃金、家計(消費者)所得の格差の拡大傾向は続いている。賃金格差拡大には非正規化が寄与したと見られるが、最近は拡大が緩やかになっている。

 景気後退が格差を広げるメカニズムとしては、失業の増加がある。長期の失業は人的資本の損耗をもたらし、失業の増加は中長期的な賃金格差の拡大につながる。2002〜2007年の景気回復局面では、格差は縮小していたようだ。景気回復こそ、最大の格差対策だ。

 所得再分配が格差縮小に果たす役割も高まっている。高齢化の影響から、社会保障による再分配効果が高まっている。これは、先進国共通の現象だ。日本の場合、高齢者以外の年齢層では、再分配後も格差はほとんど変化していない。社会保障を含め、これまでの制度改正の効果だけを取り出すと、再分配効果はむしろ低下している。現在の公的年金が中心の再分配制度は、現役世代の格差是正という観点からは限界がありそうだ。

第3節 社会保障への信頼醸成が個人消費下支えに寄与

 日本の貯蓄率(貯蓄÷所得)は低下してきたが、高齢化の影響が大きく、その要因を取り除くと、2000年以降緩やかな上昇傾向となっている。30代、40代に着目すると、貯蓄率が上昇傾向にある。家計は不確実性への備えとして貯蓄をする面があるため、雇用環境の不透明さが貯蓄率の押し上げに寄与している可能性がある。

 年金に対する信頼感が低い国ほど、貯蓄率が高まる傾向にある。日本のデータからは、老後の生活不安や年金不安が貯蓄額を引き上げるという関係が確認できる。社会保障制度への国民の信頼感を高めることが、過剰な貯蓄を減らし、個人消費の下支えに寄与する。